SS:山小屋の雨宿り
(2004/7/27作)
やあ、よく来たね。
まぁそんなところに突っ立っていないでこっちへお座りよ。いくら夏といってもこの大雨の中山道を歩いてきたんじゃ体冷えてるだろ?
はい、お茶。熱いから気をつけてね。
雨すごいねぇ。こりゃしばらく止まないな。
何かお話しようか。うん。これは僕が実際に体験した話だよ。
僕の所属していた山歩きサークルは毎年この山に合宿登山に来るんだけど、ある年一人の部員が死んでしまったんだ。入部したばかりの一年の男子だった。
表向きは雨でぬかるんだ道を踏み外して崖に転落したことになってるんだけど、実は違った。
つまらない諍いで他の部員に突き飛ばされたんだ。
その場に居合わせた部員はみんな示し合わせて、このことを単なる事故にした。大っぴらな事件にはしたくなかったんだね。
実際突き飛ばされたって言っても事故みたいなもんだし、警察も単なる事故として処理したんだ。
そしてその翌年、サークルはまたこの山に来た。合計十人だったかな。
最初は調子よく登っていたんだ。天気も良くて、風も少なくて、絶好の登山日和だった。
ところが、六合目を過ぎた辺りから急に雲が出始めて大雨が降り始めてね。雨具でも凌ぎきれないくらいの大雨。部員みんな身動きが取れなくなってしまったんだ。
その時、一人が山小屋を発見した。
みんな天の助けだと言わんばかりに山小屋に飛び込んだよ。
山小屋と言ってもほんとにただの小屋で、灯りになるものすらなかった。
暗くて隣の人の顔すら見にくかったけど、まぁそれでも雨が凌げるなら十分ってもんだ。
部長が順番に番号を叫ばせて点呼を取り、人数が揃っていることを確認した。みんな、やっと落ち着くことができてホッとしたよ。
そうしてしばらくじっとしていると、雨が小止みになってきた。
部長がそろそろ大丈夫だろうと判断したので、みんな小屋を出たんだ。
空はどんよりとした雲のせいで薄暗く、ものすごく不気味な雰囲気だったのを覚えてる。
その時、部員の女の子が悲鳴を上げた。
みんなビックリして彼の指差す方向を見ると、そこには人が一人倒れていた。
慌てて駆け寄ってみると、それは二年の部員だったんだ。
一目見てすぐ、彼がもう死んでいるとわかった。頭が岩か何かで殴られたように凹んでいたからね。
傷口から流れ出したであろう血はすっかり雨にさらわれていた。
そうなんだ。つまり、彼は山小屋に入る前に殺されていたんだよ。
おかしいじゃないか。部長は山小屋の中で点呼を取った。人数は全員揃っていたはずだ。なのに一人は既に死んでいたんだよ。
そこでやっとみんなは気づいた。
一人、部員じゃない人間が混ざっているって。
いや、それは正確じゃないな。だって、混ざっていた人間は部員だったんだから。
そう。もうわかったよね。それは前の年に崖から落ちて死んだ例の部員だったんだ。
そこからはみんな大騒ぎさ。我先にとその場から逃げ出した。
しかも部員の霊は追いかけてくる。これは怖いよ。
あの時現場にいた人間かどうかなんてのはもう問題じゃないんだね。彼にとっては、サークルの人間全員が憎かったんだ。
あ、雨が止んできたね。どうする? もう行くの?
そうか。残念だな。せっかく話が盛りあがってきたのに。
じゃあ結論だけ簡単に言うね。
それ以降、あのサークルの人間がこの山に来ると部員の霊が出てきて殺されてしまうんだってさ。
君も気をつけて山を降りてね。あのサークルの部員だろ?
あはは。やっぱり。わかるよ、なんとなくね。
え、逃げた部員たちはどうなったか?
そりゃ逃げるといっても足場の悪い山道のことだからね。途中で足を踏み外して崖から落ちたり滑って岩で頭を打ったりしてみんな次々と死んじゃったよ。
うん。一人残らず。追いかける僕の見てる前で。