SS:心霊JPEGファイル
(2004/7/28作)
「この画像に映っている霊が目を完全に開けたとき、霊がパソコンの持ち主を消してしまうそうですよ」
そう言って後輩Hはインターネット上のwebサイトから俺のパソコンに一枚の画像ファイルをコピーした。
画像はどこかの部屋を写真で撮ったもの。しかし、ベッドの隅に目を閉じた人の顔のようなものが浮かび上がっている。いわゆる心霊写真というやつだ。
そういうのが好きな後輩Hとの話の流れで、なぜか俺は最近話題になっているらしいその画像を見ることになった。
噂では、この画像に写っている人の顔は見るたびにだんだん目が開いてくるらしい。
そして完全に目が開ききった時…
「バカバカしい。あるわけないだろそんなこと」
そうだ。単なるデジタルデータである画像ファイルに霊が宿るなんてことはありえない。
いや、もしかしたらウィルスか何かで画像ファイルを書き換えているのかもしれないな。それでもそれは霊のせいではない。あくまでウィルスだ。
「それを確かめる為にダウンロードしたんですから。時々開いて見てくださいよ」
Hはしつこい。適当に返事をしておく。
それから数日後。俺はすっかり忘れていたが、大学でHに「画像見てます?」と聞かれたので久しぶりに開いてみた。
以前と変わらない画像。どこかの部屋。ベッド。そしてその隅に、
薄目を開けた人の顔。
俺はしばらく固まった。
最初見たときは完全に目が閉じていたはずだ。
俺の記憶違いか。いや、そんなはずはない。少しとは言え開いているのと閉じているのとではぜんぜん違う。そんな次元で覚え違いをするはずがない。
ではなんだ。
本当に霊か。いや、そんなはずは。
ウィルス。そう、きっとウィルスだ。この画像を取ってきたあのページを開くと感染する仕組みか。
いや、もしかしたらHのやつが、こっそり俺のパソコンに仕込んだのかもしれない。アンチウィルスソフトに引っかからないところを見ると新種だろうか。
とりあえずデータのバックアップだけ取っておいてその日は寝た。
翌日、気になって仕方がなかったので、俺は朝イチからその画像を開いた。
半眼になっていた。
明らかに昨日より目が開いている。
俺はしばらく考え込んだ。
アンチウィルスソフトが頼りにならない今、確実な対処の方法はOSの再インストール以外ないだろう。
目が開ききるのがタイムリミットだとすれば、もうあまり時間がない。
しかし。
この画像は検証のためにダウンロードしたのだ。
どうせなら、最後まで付き合ってやっても良いのではないか。
所詮ウィルスにできることなど、最悪でもパソコンを壊す程度。中古パーツを寄せ集めて作ったこのマシンなら、別に壊れてもそんなに問題ではない。
そう考えた俺は、そのまま放置することにして大学に向かった。
だが、事態は意外な方向に転がった。
大学で会った後輩Hが、真っ青な顔をして俺にあの画像を削除しろと言ってきたのだ。
何があったのか細かい話は全く要領を得ないが、どうやら俺以外にあの画像を検証しようとしていたヤツがいたらしいことだけはわかった。そいつに何かあったのかもしれない。
後輩Hの珍しく切羽詰った表情を見て少々怖くなった俺は、その日早めに大学から帰ると、早速パソコンを立ち上げて例の画像を開いた。部屋。ベッド。人の顔。
そして、八分くらい開きかけた目。
その目は尋常じゃなく赤く血走っており、顔もなんだか恐ろしい形相に変わってきていた。
…危なかった。
悠長にしていたら完全に開ききってしまっていたかもしれない。俺は少なからずぞっとした。
そのままマウスを動かして問題の画像にポインタを合わせ、キーボードのDeleteキーを叩いて削除。
これで安心。もうこの画像に関わることもあるまい。
俺は肩の荷が下りた気分になりながらWindowsをシャットダウンしようとして、ふと操作の手を止めた。
しまった。あの操作だけでは画像はなくならない。ゴミ箱に隔離されるだけだ。基本中の基本じゃないか。くそ。
慌てて俺はシャットダウンの操作をキャンセルし、デスクトップのゴミ箱を空にする操作をした。
これで間に合いませんでしたなんてことになったらマヌケにもほどがある。
操作が終わるまでのほんの一秒足らずの時間が、祈るような長い時間に思えた。
シャカッ。小気味良い音とともに、操作は終了。
念の為、ゴミ箱を開いて中身が一切なくなっていることを確認して、俺はほうとため息をついた。気づくと手に汗すら握っていた。
落ち着いてみるとなんだかHに躍らされたような気分だ。
俺もまだまだ超常現象を信じるような青いところがあったんだな、なんてことを考えて苦笑つつ、俺はキーを叩いてWindowsを落とした。
なんだか疲れてしまったので、そのままベッドに横になる。
横になりながら、ぼんやりとこれまでの出来事を思い返してみた。
昨日の夜で薄目だった。今朝で半眼。そしてさっきの状態。
完全に開ききるタイムリミットはいつだったのだろう。
壁にかけられた時計を眺めながら頭を働かせて計算し、その答えがまだ三時間も後であることがわかった時には声を出して笑った。さっきまで必死になっていた自分が本当にバカみたいだ。
ひとしきり笑ったら眠気が訪れたので、そのまま心地よい眠りについた。
そして三時間後。
ふと目を覚ました俺の目の前に、あの画像に写っていた顔があった。
カッと見開いた目は闇の中でギラギラと真っ赤に光り、鬼のような形相で俺を睨んでいた。
ああ、そうか。ブラウザのキャッシュが残ってたな。
最期に俺が考えたのはそんなことだった。