ショートコント:哲学探偵
(2008/12/14作)


※文中では哲学っぽいこと書いてますが、本当の哲学に則ったものではないので雰囲気だけ感じて下さい。


「ううむ。なんという難解な事件だ。わからないことが多すぎる」
「私にお任せください、警部」
「むっ。君は?」
「私は人呼んで”哲学探偵”。私が全ての謎に回答いたしましょう」
「なんと、君があの有名な哲学探偵なのか。これは頼もしい」
「では早速事件についてお聞かせ願いましょうか」
「うむ。事件が起こったのは二日前。被害者は町の有力者・金持天造(かねもつ・てんぞう)だ」
「名前自体は事件に何ら重要性を感じませんが、登場人物を識別するラベルとしては有用ですね」
「事件現場は山の上にあるコテージ。被害者の持ち物だった」
「山と定義された土地の上に立っていれば、麓だろうが須らく”山の上”ですが、具体的にはどの辺り?」
「ん、まぁ中腹くらいか」
「了解しました。人生とは往々にして中庸に偏るものですしね」
「そしてこれが最大の壁なのだが…このコテージが完全な密室だったのだよ」
「完全、ですか。この世界に完全と言える物は存在しないのですが。その定義を除いては」
「うむ。というのも、1つしかないドアには鍵が掛かっていた。しかもこのコテージの窓ははめ殺しだ」
「ドアが内外を繋ぐ唯一の接点なんですね。それが唯一にして最大の彼の存在意義であると」
「ん? ま、まぁそういうことだな」
「はっ。待てよ。今無意識に彼と言ったが、ドアは果たして男性なのか…?」
「いや、無機物だし。それよりこの密室の謎を解明してくれよ」
「そんなことは瑣末な問題です」
「ええー」
「なぜなら、その密室はあなたが”密室”という概念を信じているが故に存在しているのですから」
「は、はぁ」
「所詮”密室”という概念は人間が作った便宜的なものです。一度事件を解体して再構築してみてください」
「えーと…よくわからないんだが…君が解決してくれるんじゃないのかい?」
「私は警部から伝え聞いた情報しか持っていません。より現実に近いのは警部です」
「いやまぁそりゃそうだけれど」
「他人から伝達された情報には、意識的無意識的に関わらずその人の意思が介在しているのですよ」
「じゃあ事件現場や証拠を実際に見てみればいい。ほら、これが現場の写真だ」
「写真に写っている映像とて、いろいろな意思が介在しているのは同じなのですが…拝見します」
「家具もほとんどないこの小屋の中で被害者は絶命していた。凶器も見つかっていない」
「見事に何もない部屋ですね。空間の中で全てが完結している。して凶器とは?」
「鈍器のようなもので殴られたようだ。頭蓋骨が陥没していた」
「なるほど。衝撃により凸面が凹面と化したわけですか。フフッ、皮肉なものです」
「何が面白かったのかさっぱり理解できないが」
「人が他者を理解することはできません。もっとも、私と警部がお互いを認識することで
 存在を形作っているという意味では、ある意味同一の存在と言えなくもないですが」
「う、うん? まぁいいや。それより密室の方だよ。何かわからないかい」
「警部はどうありたいのですか?」
「えっ」
「警部は現在のこの状況から何かを見出そうとしている。警部が求めている答えは何なのでしょう」
「う、うーむ。そうだな、まず”凶器がない”部屋で死んでいるということから、他殺と推測できる」
「はい」
「だが現場は密室だ。すなわち他殺が不可能な状況にある」
「なるほど」
「つまり、私はこの不可能犯罪を実現できる方法を見つけ出そうとしているわけだ…うん?」
「どうしました?」
「いや…そうか…君の言わんとすることが少し分かった気がするよ」
「ほう」
「私は凶器、他殺、密室、不可能犯罪と言った言葉に惑わされている…そういうことだろう?」
 私は躍起になって密室の謎を解明しようとしていた。
 だがもし凶器を消す方法があれば、そしてこれが自殺であれば、密室も問題ではなくなる!
 そう、これが君の言っていた”事件を解体して再構築する”ということなんだよな!」
「いや、まぁ、所詮それも思考の一形態に過ぎないんですけどね」
「えー」
「まずそこに存在しているかというところから考え始めないと」
「は、はぁ」
「金持天造氏は果たして存在したのか?」
「ええー、そこからー? いやまぁ、司法解剖の結果一応本人と確認は取れてるんだけど」
「では、凶器が存在しないという事実は存在していたのか?」
「…はい?」
「凶器が存在しないという事実は存在していたのか?」
「…ええと、存在しないことが存在…?」
「コテージは本当に存在していたのか? 密室であるという事実は存在していたのか?」
「えっと…いや、ちょっと待って…」
「そもそも、警部は存在しているのか?」
「ええー!」
「私もです。哲学探偵、という概念だけの存在ではないのか? 個としての私は…」
「…おーい。帰ってこーい」
「大丈夫です。こうして自問している私という存在がありますので」
「…よくわからんが、そうか。しかし、そうなると、その、事件がさっぱり解決に向かわないんだが…」
「警部が見ている事件は、本当に他者から見ても同じ事件なのでしょうか?」
「いや、だから。これ以上混ぜっ返さないでくれる?」


※ところでこれ、まっとうに書こうとすると森博嗣の登場人物っぽくなるね。