ショートコント:リストカッターゆあ
(2007/09/01作)

「はぁ…困ったなぁ。どうしよう」
「そこのくたびれたサラリーマンなあなた。お困りのようですね?」
「!? …き、きみは?」
「私は魔法少女」
「ま、魔法少女!?」
「そう。人呼んで、リストカッターゆあ!
「……呼び名が物凄く物騒なんですけど…」
「あなたが何に困っているのかは知らないけど、私が来たからにはもう大丈夫ですよ!」
「そ、そうなんですか」
「はい! とりあえずお近づきの印に一切り…」
「うわぁぁぁ! 危ないから! カッターナイフはしまいなさい!」
「えー。でもー。これが私のアイデンティティですしぃー」
「そんな迷惑なアイデンティティは捨ててくれ」
「ちぇー。じゃ挨拶は割愛するとして、一体何に困っているのですか?」
「はぁ…実は、今日会社をリストラされてしまったんだ。家族に会わせる顔がなくて…」
「なるほどー。それは大変な問題ですねぇ」
「あの、カッターナイフの刃を磨きながら相槌打たれるとすっごく怖いんですが…」
「じゃあ、こうしましょう」
「え、何かいい方法が?」
「とりあえず、軽く一切り逝っちゃいましょう」
「嫌だよ!」
「えー。そうすれば綺麗に人生の幕を引くことが出来るのにぃ」
「引きたくないよ。引きたくないから悩んでるんじゃないか」
「うーん、難しいですねぇ。じゃ死なない程度にざっくりと…」
「そういう問題じゃない!」
「じょっきりと?」
「擬音の問題でもない!」
「ゆっくりと」
「スピードの問題でもない。お前ただ手首切りたいだけじゃないのか」
「うふふー。楽しいですよー。綺麗な光景が見れますよー」
「そんなリスキーな楽しみを持つなっ」
「人生、長く生きていればそりゃあ辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、いろいろあるでしょう」
「え、何、いきなり」
「でも! 人間死んだ気になればなんだってできるんです。どんなことだって乗り越えられるんです!」
「そ…それはまぁそうかも知れないけど」
「逃げちゃダメです。目の前の壁に立ち向かうのです。そしてその先にある光を掴むのです!」
「う、うん、なんか少し元気が出てきた気が…」
「そうですか! ではまず死ぬ気でざっくり逝っときましょうか!」
「死ぬ気じゃなくて死ぬよ! 光掴むまでに息絶えるよ!」
「そうですか…残念です。じゃあ私が代わりに」
「わぁぁぁぁ! ダメだから! 体を大事にしなさい!」
「大丈夫ですよぉ。ほら、見てください、私の手首」
「うわ、傷だらけ…」
「ためらい傷は一つもないんですよ!」
「なんでそんなに誇らしげなのか」
「それでも私はこうして生きています。さぁ、あなたもご一緒に!」
「しない。わざわざ自傷する意味が解らない」
「意味? それは…そこに手首があるから…」
「お前ノリだけで喋ってるだろ」
「えへ?」
「はぁ、もういいよ。俺のことはほっといてくれ」
「むー。こうなったら仕方がありません。重症な貴方のために、出血大サービス!」
「や、お前が出血とか言うとシャレにならん」
「これこれ。この魔法アイテムを差し上げます」
「うん? これは?」
「果物ナイフです」
「刃物の種類が変わっただけじゃないか」
「じゃあ切る手も変えてみましょうか。右手に」
「状況もやろうとしていることも何も変わっていない」
「まぁまぁ。遠慮しないで。さぁさぁ。一発ザシューッと。さぁ。さぁ!」
「こ、怖いよ! 寄るな! わかった、わかったから! 覚悟決めて家に帰るよ!」
「え、あ、そうですか? はい、頑張ってくださいね」
「あ、ああ。じゃ、そういうことで」
「はーい。がんばってくださいねー!」
「…ハハ…………ああ、ヘンなのに関わってしまった…」
「ふぅ。今日もまた困っている人を助けました。疲れた疲れた」
「……」
「疲れたから……もう、いいよね……?」
「わぁぁぁぁ!」