ショートコント:髪の伸びる人形
(2011/01/19作)


記者「…こ、これが噂の人形、ですか…」
和尚「うむ。一見普通の日本人形じゃが、いつの間にか少しずつ髪が伸びているのじゃ」
記者「そ、それは不思議な話ですね…あれ、でもそれほど長くはないような…」
和尚「ああ、一昨日カットしたからのう」
記者「え!? 切っちゃったんですか!?」
和尚「そりゃお前さん、定期的にカットしないといかんじゃろうが。曲がりなりにも年頃の乙女じゃぞ」
記者「いや、まぁ乙女でしょうけど…年頃、ってこれだいぶ古い人形ですよね?」
和尚「50年前に作られたと言われておるの」
記者「はぁ、ずいぶん老けた乙女で」
和尚「女性はいくつになっても乙女なんじゃよ…」
記者「…そうですか。えーと、じゃあカットする前はどのくらいの長さがあったんですか?」
和尚「うむ、そう来ると思ったのでな。実はずっと前から毎日この人形の写真を撮り続けていたのじゃ」
記者「おお! それはありがたい、是非見せてください!」
和尚「うむ。これじゃ」
記者「おお…アルバムですね。では拝見」
和尚「どうぞ」
記者「ふむふむ…この頃は普通のおかっぱですね…」
和尚「うむ。まだ髪か伸びるようなことはなかったのう」
記者「…なんでそんな頃から写真撮ってるんですか?」
和尚「細かいことは気にするでない」
記者「はぁ…ん! こ、これは…確かに、少しずつですがおかっぱの裾が伸びていますね!」
和尚「そうじゃろう」
記者「はい! こ、これはすごい…本当に、まるで生きているようだ…!」
和尚「ボブから、だんだんセミロングになってきたじゃろ」
記者「そんな風に表現されると、なんかこう神秘性が薄れますね」
和尚「この頃にはとうとう肩まで伸びたんじゃ」
記者「そうですね」
和尚「約束どおり町の教会で結婚する時期じゃの」
記者「吉田拓郎ですか」
和尚「この辺りからはロングのストレートと言ってもいいのう」
記者「そうですね…あ、ここでいきなり短くなってる」
和尚「うむ。季節的にそろそろ暑くなってきたからわしが切った」
記者「えー! 和尚が切られたんですか!」
和尚「そうじゃ。こう見えてもわしは昔、カリスマ美容師に憧れてての」
記者「なんという衝撃の過去」
和尚「近所ののらネコの毛とか刈っとった」
記者「いや、ダメでしょそれ! 完全に動物いじめじゃないですか!」
和尚「まぁ、そのおかげでわしに美容師の才能がないことはよくわかったんじゃがの…」
記者「しかも失敗してるよこの人! って、ということはまさかこの人形も…!」
和尚「うむ、左右のバランスがなかなか上手く揃わなくてのう」
記者「うわー! 次の日の写真でさらに短くなってるー! しかもバランス悪ー!」
和尚「仕方ないから、最後は大胆にカットしてみました」
記者「ぎゃー! 次の日の写真で丸坊主になってるー!」
和尚「失礼な。スキンヘッドと言いなされ」
記者「呼び方なんてどうでもいいわ!」
和尚「しかし大したもんじゃよ。そこから一年がかりでまた元くらいの長さにまで戻ってきたわい」
記者「本当にそうですね…というか、もうなんかの植物の栽培記録みたいになってませんかこれ」
和尚「さすがにその年からは失敗を踏まえて、床屋に連れて行ったんじゃ」
記者「それはそれでシュールな光景ですけど…まぁその方が間違いはないでしょうね」
和尚「五分刈りにされてなぁ」
記者「なんだこれー!?」
和尚「いやー、ボブカットと伝えたはずじゃったのじゃが、どこでどう間違われたのやら」
記者「ボブと五分、か…」
和尚「まぁあの床屋のじいさん、耳が遠くなっとったからのう」
記者「なんかだんだんこの人形が可哀想になってきました」
和尚「次の年には、その失敗も踏まえて今度は美容院に連れて行ったのじゃ」
記者「いや、普通に人形師かなんかに頼めよ」
和尚「さすがにすごいの、若者向けの店というのは。なんというか、華やかじゃった」
記者「あー、そうですねぇ」
和尚「店員さんも気さくに話しかけてきてくれての。大事なお人形なんですかー、とか」
記者「動じない店員さんも大したもんですね…」
和尚「気が付いたら、わしとお揃いになっとった」
記者「だめー! それスキンヘッドになってるー!」
和尚「いやー、ペアルックとかいかがですかー?という誘いにうっかり乗せられての」
記者「乗せられるなよ! みんなおかしいよ!」
和尚「さすがにそんな失敗ばかりしてたから、この人形も怒ってしまったのかのう…」
記者「えっ…ま、まさか、呪いや祟り的な何かが…!」
和尚「いや、グレて髪を茶髪に染め始めた」
記者「ええー。何その反抗期」
和尚「ほれ、ちょうどこの頃じゃ」
記者「うわ、本当に茶髪だよ。しかも軽くパーマかかってるよ」
和尚「ふわかわ、とか言うらしい」
記者「知るかよ」
和尚「その後、そういう髪型がしばらく続く」
記者「本当だ…あれっ、でもここの日を境に突然元の黒髪に戻ってますね」
和尚「うむ」
記者「何かあったんですか?」
和尚「好きな男の子が出来たらしい…」
記者「ええー」
和尚「こいつは、好きな男の趣味に自分を合わせるタイプだったんじゃなぁ…」
記者「いや、しみじみ感慨に耽る前に疑問に思うところがあるだろ、いろいろと」
和尚「しかし、その男とも結局別れてしまってのう」
記者「…そうなんですか」
和尚「うむ、それで一昨日カットしたんじゃ」
記者「えー! そこに繋がるの!?」
和尚「あと、切った髪の毛は男の傍らに埋めた」
記者「ちょっと待って! え、何、別れたって死に別れ!? ていうか相手何者!?」
和尚「この子はそういう辛い別れを乗り越えて、今ここにいるのじゃよ…」
記者「なんかいい話っぽく締めようとしてるし…はぁ、まぁとりあえずお話ありがとうございました」
和尚「なんのなんの」
記者「最後に、和尚様はこの髪の伸びる人形についてどう思っているか、そのお考えを教えてください」
和尚「髪が伸びるとか、純粋に羨ましい」
記者「……」