ショートコント:磯野家の真実
(2004/11/5作)
サザエさんの世界はサザエさん時間ですので、いつまで経っても誰も年を取りません。波平さんがアルツハイマーになることもなければ、タラちゃんが小学校に上がることもなく、イクラちゃんに至ってはまともな言語を喋ることすらありえないのです。可哀想に。合掌。ちーん。
しかし本来生身の生活を送る人間であれば成長を続け、人生の階段を上っていくはず。
例えば、カツオくんが結婚相手を連れてくることだってあるわけです。
今日の話はそこから発展して出来上がったものです。
カツオ「ただいまー」
サザエ「おかえり。あら、こんにちはカオリちゃん」
カオリ「お邪魔します」
カツオ「姉さん、父さんいる?」
サザエ「居間にみんないるわよ。どうかしたの?」
カツオ「大事な話があるんだ」
サザエ「?」
カツオ「僕たち、結婚します!」
ワカメ「ええっ!?」
サザエ「本当!?」
マスオ「そうなのかい!?」
カツオ「うん、二人で話し合って決めたんだ。ね?」
カオリ「うん」
ワカメ「わぁ、おめでとうお兄ちゃん!」
カツオ「えへへ、ありがとう」
マスオ「そうかぁ、とうとうカツオくんも結婚する年になったか。おめでとう」
サザエ「カオリちゃんなら安心だわ。不出来な弟だけどよろしくね」
カツオ「もう、姉さんったら」
マスオ「いやあ、ほんとにめでたいですね、お父さん」
波平 「だめだ」
マスオ「えっ」
波平 「お前たちの結婚はわしが許さん」
カツオ「ど、どうして!?」
サザエ「そ、そうよ父さん。ねぇ、母さんも何か言ってやってよ」
フネ 「…ごめんなさいね。これは仕方がないことなの」
カツオ「そ、そんな!」
サザエ「ど、どうしてよ!」
波平 「サザエ、お前の名前は何だ」
サザエ「今自分で言ったじゃない」
波平 「いいから答えなさい」
サザエ「サザエ…です」
波平 「カツオ、お前の名前は」
カツオ「カツオだよ。それが何だって言うの」
波平 「ワカメは」
ワカメ「ワカメ…」
タラオ「タラちゃんはタラちゃんです!」
波平 「タラちゃんは答えなくていい」
タラオ「残念です…」
カツオ「一体、名前がどうしたのさ」
波平 「いいか、カツオ。磯野家の人間は代々海に関する名前がついているんだ」
カツオ「えっ」
波平 「波平、サザエ、カツオ、ワカメ…わしの兄貴の海平兄さんだってそうだ。
そしてそれは結婚して磯野家に入ってくる人間にも言えることなんだ」
カツオ「じゃあ、カオリちゃんが海に関する名前じゃないからダメだって言うの!?」
波平 「そうだ」
カツオ「そんなの無茶苦茶だよ! どうして名前なんかで反対されなきゃならないのさ!」
波平 「磯野家のしきたりなんだ。諦めなさい」
カツオ「そんな、ひどいよ!」
波平 「どうしても結婚したいと言うのなら、磯野家を出て行くんだ!」
マスオ「まぁまぁお父さん、いいじゃないですかそんな古いしきたりなんて…」
波平 「マスオくん…今だから言うが、わしは君のことが気に入っておったんだ」
マスオ「え? い、いきなりなにを」
波平 「サザエが君を連れてきたとき、わしは君を是非婿養子に迎えたいと思った」
マスオ「はぁ」
波平 「しかし、残念ながら君も名前の壁があったんだよ」
ワカメ「えっ、どうして? マスオ兄さんには魚の"マス"が名前に入っているじゃない」
波平 「ワカメ。マスは川魚だ」
ワカメ「!!」
波平 「だからマスオくんを磯野家に迎えることはできなかった。
しかし、幸いなことに君の苗字はフグ田だった」
マスオ「え」
波平 「そう。君が"フグ田マスオ"だからこそ、この磯野家で一緒に暮らすことができたんだよ」
マスオ「そ、そうだったんですか!?」
サザエ「知らなかったわ…」
波平 「わかったか、カツオ。残念だが諦めなさい」
カツオ「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃあ母さんだって微妙じゃないか!」
サザエ「カツオ!」
カツオ「母さんは"フネ"だろ。船なんて川でも池でも浮かんでるじゃない!」
フネ 「カツオ…」
波平 「…確かに、お前の言うとおりだ。
実際、母さんと結婚する時にはお前のおじいさんと言い争ったものだ」
フネ 「でもね、カツオ。お父さんは必死に説得してくださったのよ」
波平 「そうだ。母さんは、川や池に浮かんでいるようなちっぽけな存在じゃない。
わしにとっては戦艦大和のように大きな存在なんだ。
そう言って父さんの父さんに認めさせたんだ」
フネ 「ええ、そうでしたね。あの時はとても嬉しかったわ」
カツオ「そ、そうなんだ…」
ワカメ「わぁ、お父さんかっこいい」
タラオ「おじいちゃんすごいですー!」
波平 「だがカツオ。カオリちゃんの"カオリ"という名前には海に関する言葉が入っていない」
カツオ「うう…」
波平 「残念だが、諦めなさい」
カツオ「そ、そんなぁ…」
カオリ「カツオくん」
カツオ「か、カオリちゃん…」
カオリ「大丈夫よ。私に任せて」
カツオ「えっ…で、でも…」
カオリ「おじさま。私の話を聞いてください」
波平 「いいだろう」
カオリ「確かに私の名前に海に関する名前は入っていませんわ」
波平 「うむ」
カオリ「ですけど、私が磯野君のお嫁さんになったら何て名前になると思います?」
波平 「名前? えーと、磯野カオリ…」
カオリ「そう。"磯の香り"になるんです!」
全員 「あっ……!!」
波平 「………」
カツオ「………」
波平 「おっけぃ!」
カツオ「変わり身早っ!!」