ショートコント:ふしぎちゃんと歌手への道
(2014/12/12作)
「れーじくん」
「どうしたの」
「あたし、歌手になろうと思うんだ」
「そう。がんばってね」
「うん」
「……」
「……」
「……」
「うっす! リアクションうっす!」
「何か不満でも」
「不満だらけだよ! 何よりあたしがツッコミに回ってるのが一番不満だよ!」
「そこかよ」
「歌手だよ歌手! げーのーじんだよ!?」
「うん」
「もっとホラ、あるじゃん? 『はぁ!?』とか『なんで!?』とか」
「はぁ…なんで?」
「何その端々から溢れ出る言わされてる感! 文字は合ってるのに!」
「いや、なんかもう… めんどい」
「酷っ! あたしの葛藤を四文字で片づけられた!」
「いや、そもそもさ… 本気で言ってんの?」
「あたしはいつでも本気だよ! マジと書いて本気と読むよ!」
「逆だからねそれ」
「本気と書いてマジと読むよ!」
「はーいよくできました」
「あっ。あたし今馬鹿にされてる」
「ふしぎちゃんさ…カラオケの時、皆からどう呼ばれてるか知ってる?」
「ジャイアン」
「解ってるんじゃん。ハイ解散」
「なんでジャィアンだと解散するの?」
「そこまで言われて解ってなかったか…」
「解らないね。解りたくもないね」
「解ってるんだね」
「しまった」
「解ってるなら話は早いでしょ。歌手になんかなれるわけないじゃない」
「現代科学を舐めちゃだめだよ」
「デビュー前から現代科学に頼る前提はやめようね」
「これは個性だよ」
「歌が下手っていう個性は歌手に向いてないね」
「光浦靖子よりはマシだよ」
「慰めにもならないね」
「時代を先取りしてるんだよ」
「じゃあ、その時代になってからデビューしようね」
「ぐぬぬ。さすがにれーじくんは口先でごまかせないか」
「ごまかしてまで歌手になる意味ある?」
「だって、なりたいんだもん!」
「なんでまた…」
「あたしだって握手券とか配りたいもん!」
「はい、握手」
「あ、うん、握手」
「……」
「……」
「……」
「…そ、そうじゃなくて! いや…これは…これで…」
「どっちだよ」
「……っ」
「……」
「…ひぇやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「痛たたたたたた!」
「違うわ! ええい違うわこの虚け者め!」
「どこの武士だよ。いってぇ…力いっぱい握られた…」
「握手券だよ! 握手したいわけじゃないんだよ!」
「握手したくないのに握手券配るの?」
「そ、そこは! 握手するけども! するんだけども!」
「ふしぎちゃんがこんだけパニクってるのもなかなか珍しい」
「握手したくないわけじゃなくて! 握手したいわけでもなくて!」
「はいはい、要するに握手券を配る行為自体をやりたいんでしょ」
「そうそれ! それなんだよ! 行為をやりたいんだよ!」
「なんかエロくなった」
「あと投票券も売るんだよ。CDとかもうどうでもいいから」
「一人なのになんの投票するのさ…」
「…不信任投票?」
「一周回って面白いなそれ」
「限定版も売り出して小銭を稼ぎたいところだね」
「限定版CD?」
「ううん、限定版投票券」
「勿体無くて投票できないね。あと、今更だけどCDどうでもいいとか言うのはやめよう」
「えー、だってCD要る?」
「その発言…ネット配信とかそういうことでもなさそうだよね」
「うん。歌わない歌手っていうのも斬新じゃない?」
「何その『不射之射』みたいなの」
「まぁ、そこまで言うなら歌ってあげてもいいけどさー?」
「謎の上から目線だね。ジャイアンの癖に」
「むぐぅ。そんなに下手かなあたし」
「うーん。下手っていうか……自由?」
「自由」
「うん」
「この道しかない」
「いや、自由民主党じゃなくて」
「よくわかんないよ」
「だろうね。正直、僕もうまい表現が思いつかない。独特過ぎて」
「どういうことだろう」
「例えば前にカラオケ行った時」
「うん」
「ユーミン歌ったよね」
「あったね。そんなことも」
「なんでシャウトしたの?」
「パンチが足りないかなって」
「あと、aikoも歌ってたよね」
「定番だよね」
「なんでサビがデスボイスだったの?」
「ボーカルに厚みがほしくて」
「ラルクも歌ってたよね」
「ビジュアル系もイケるくちなんだよ」
「なのになんで終始ラップだったの?」
「ごめん、それは本気でメロディ忘れたんだ」
「それで最後まで歌い切ったのもある意味すごいよ」
「照れるね」
「ハイハイすごいすごい」
「あっ。あたし今馬鹿にされてる」
「そうかと思えば唐突に美空ひばり入れたよね」
「昭和の歌姫だからね」
「伴奏無視してレリゴー歌いだすから何事かと思ったよ」
「急に歌いたくなったんだよ」
「その割に、サビ以外の歌詞が全部『ふふふー』だったよね」
「細かいことはいいの」
「間奏で突然ホーミーしだした時はさすがにびっくりした」
「フフン、参ったか」
「というか、なんでホーミーできるんだよ」
「いや、なんか。やってみたらできた」
「そんな簡単にできる歌唱法じゃないと思うんだけど…」
「そういう個性だよ」
「便利な言葉だね、個性」
「歌手になれる?」
「ホーミー限定なら」
「やった! いや違うやってない!」
「あ、今回は気づくの早かった」
「ホーミー限定って、歌詞もメロディもないじゃん!」
「ないことはないんじゃないの。試しに歌ってみたら?」
「『みょぇーーーーーーーーーーーー』」
「わー上手上手」
「あっ。あたし今馬鹿にされてる」
「いやまぁ、ホーミー単体で言えば本気ですごいんだけどさ」
「嫌だよ! あたしは歌手で握手券配りたいんだよ!」
「…握手券配りたいだけなら、別に歌手じゃなくてもいいんじゃないの?」
「え?」
「需要があるかどうかは別として、花屋や公務員が配ったっていいんじゃ」
「……」
「……」
「れーじくん」
「どうしたの」
「あたし、握手券屋さんになろうと思うんだ」
「そう。がんばってね」