今日仕事場で流れているBGMが見事「はにゅうの宿」「やさしさに包まれたなら」のスタジオジブリコンボをかましてくれました。のっぽ
ゴン太郎です。皆様ご機嫌麗しゅう。
詩。
詩を詠むという習慣は世界中のあらゆる国に存在しています。
文化も風習も全く違うにも関わらずこぞって詩を詠む人間が存在するというのは考えてみれば不思議な話であり、「言葉」をただのコミュニケーションツール以外に使うのは人間だけではないでしょうか。
ネット上をちょっとググるだけでも数多くの詩人がサイト上に詩を載せていて、いろいろなステキワードが踊るように並んでいます。しかしオイラはどうも詩心を持ち合わせていないようで、ただの電波文に見えて仕方ないところがまことに残念です。
さて、日本古来の詩の中で最も有名なものと言えぱやはり俳句でしょう。
短歌の省略バージョンであり、松尾芭蕉が旅行しながら詠みまくったことで有名なあの俳句です。
正直「松島や ああ松島や 松島や」は人をナメてるとしか思えないあの俳句です。
他にも「古池や 蛙飛び込む 水の音」などは非常に有名な俳句で、これは海を渡った海外でも翻訳され「Full in care,
car was to become me zoo note.」として知られています。大嘘ですが。
俳句のルールをおさらい致しますと、音が五七五で成り立っていること、季語を含んでいること、ひんたぼ語で書かないことなどが挙げられます。特に最後のは重要で、「たけしの挑戦状」を知っている人でないと解読できません。
そして今挙げた中の「季語」についてですが、これは季節を表す言葉となっています。
例を挙げますと、「仔猫」は春、「夜の秋」は夏、「夜食」は秋、「鯛焼」は冬といった具合です。
じゃあもし「夜の秋 夜食の鯛焼き 食う仔猫」などという俳句を作ったら季語は一体どれなんだという問題も多々ありますが、とりあえずそれは置いておいておきます。おくのです。
言葉は時代と共に移り変わっていくものであります。
ならば現代には現代の季語が合って然るべきではないかと思うのです。例えば。
「紅白を 見ないと年が 終わらない」
季語は紅白。紅白歌合戦で一年を締めくくることが体に染み付いた小市民の慣習を率直に詠んでみました。
「CMで 広瀬香美の 曲を聴く」
季語は広瀬香美。広瀬香美の歌がアルペンのCMソングとして流れてくるのを聴くとああ冬が来たんだなぁと実感する、そんな感慨を詠んだ句です。
「CMに TUBE出てきて 夏を知る」
上の句とは対照的に、今度はTUBEの活動により夏が来たんだなぁと実感するそんな感慨を詠んだ句です。「夏」と言う単語が入っていますが、季語としてはむしろ「TUBE」を推したい。
「三日目に 異臭漂う 夏コミケ」
季語は夏コミケ。行ったことはありませんが想像で。
「愛ちゃんが 何か叫んだ アテネ五輪」
季語はアテネ五輪。夏です。というか既に2004年限定です。
「そしてまた 田代まさしが 逮捕され」
忘れかけた頃、定期的に逮捕される田代まさしの悲哀について詠んだ句です。季語は田代まさし。季節はマーシーが逮捕される時期です。それ季節ちゃうやーん。(一応オチてる分昨日の日記よりはまだマシだと思うの) |
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